特集 高校進学事情

私立高校無償化と競争率の動向

私学助成拡充の歴史

私立高校は国公立学校と共に公教育の場としての役割を担っているとして、1975年に国は国公立間格差是正を目的とした私立高校振興助成法を制定し、各種助成措置を講じるようになりました。

そこに新たなメスが入るのは、2010年4月の民主党政権下です。私立高校についてはその後の制度変更で世帯の年収に応じて段階的に就学支援金を支給する仕組みができました。

そして、都道府県レベルでの対応が始まります。神奈川県以外の自治体は大阪府・福岡県・広島県・千葉県・埼玉県・茨城県・京都府・兵庫県・愛知県・静岡県・宮城県・北海道、そして東京都などが挙げられます。神奈川県では2018年から始まりました。公立高校の無償化を端とした公私間格差是正の始まりです。

神奈川県の私立高校無償化とは?

概して述べると年収590万円未満の世帯で、殆どの神奈川県内の私立高校の授業料と入学金をほぼ無償化できるというものです。全てにならないのは、慶應義塾高校のように高額な年間授業料を設定する学校もあるからです。県側の発表によれば、この恩恵を受けられる世帯は県内の私立高校に通う生徒の4分の1に該当するそうです。

注意すべき点は2つあります。ひとつは、神奈川県内の私立高校全てが無償化の対象となっているわけではないことです。法人として神奈川県を拠点としていない学校は対象外となっているようです。そのため、志望校が対象となっているかをよく確かめておく必要があります。(2ページに表があります。)

もうひとつは、「親子とも神奈川県内に住んでいて、神奈川県内の私立高校に進学すること」が条件となっていることです。つまり、神奈川県外の私立高校に通う場合には対象外となってしまうということです。例えば、桜美林高校や鶴川高校は町田市にありますので、進学する際には年収条件を満たしていても適用されません。(ただし、授業料10万円を補助するなど、毎年神奈川県から進学者が多い他都県の私立高校では受験者減少の危機管理対策が始まっています。)

また、東京都では都外に進学する場合でも無償化の制度が利用できるため、神奈川県も同じだと誤解しがちですが、オリンピックも開催できる法人税で潤う東京都と神奈川県が同条件にできない事情は容易に想像できそうです。しかしながら、国が道筋を作ってくれた結果、自治体がそれぞれ重い腰を上げる契機となったことは間違いなさそうです。

(制度の詳細については、神奈川県教育委員会のHPをご覧ください。)

私立・公立それぞれの葛藤

今回の無償化制度によって学費の壁がなくなり両手を挙げて歓迎しているのは私立高校です。リーマンショックの起こった2008年以降、私立高校志願者は激減していたからです。さらに、公立の中高一貫教育の実施によって、受験者の青田買いという煽りも受けました。私立高校の多い東京都などではその影響が顕著に現れ、一部を除いた学校では生き残りを賭けた試練を迎えました。自由で独自性のある建学の精神、面倒見のよい授業、先見性のあるグローバルな視野、適切な生徒指導、先進的なキャリア教育など進化を目指して、現場の先生たちは血の滲むような努力を重ねてきたのです。それゆえ、経済的なハードルが下がった今、本当のスタートラインに立ったというより、苦労して培った教育思想や環境で優位に立っていると考えているでしょう。神奈川県に至っては、2012年度まで公立高校は前期・後期選抜方式であったため、私立高校の志願者は38,000人程度で、現在の54,000人程度と比較すると大きく伸び、この制度は更なる追い風となったといえます。

一方、公立高校の傾向を読むにあたっては都立高校の受験模様が好モデルとなります。都立高校の平均競争率は現在1.5倍を切っています。ただ、全体的に下がったのではなく、中位層(偏差値63以下)で顕著に減少しています。紙幅の都合で詳細は載せられませんが、上位層は以前と変わらぬ意識でトップ校を目指しているが、中位層は私立高校へと流れている、つまり二極化を呈しているとデータが示しています。加えて、総合学科や専門課程の人気も大幅に下がっています。普通科の私立高校への進学が可能ならば、慌てずに進路を決めたいという受験者の意識の表れも窺えます。

私立高校が人気の理由は無償化以外にもある

先で触れた研鑽された授業や整備された学習環境の魅力以外で最も影響が大きいのは、2017年に発表された新しい大学入試制度です。「センター試験」は2020年1月の実施を最後とし、2021年1月から「大学入試共通テスト」として実施されます。対象となるのは、この4月から高校2年生となる学年です。大きな変更として、「センター試験」になかった記述式問題の導入と、英語では4技能(読む・聞く・話す・書く)を評価することが挙げられます。また、新テストの導入にあたっては、「知識・技能」だけでなく、大学入学段階で求められる「思考力・判断力・表現力」を一層重視するという狙いが土台にあります。このため、現行で実施されているマークシート方式の問題も見直しが検討されています。そのうえ、「大学入試共通テスト」は詳細が検討中の部分もあるので、公表されている内容が変更される可能性もあります。つまり、今後受験する人にとっては五里霧中であり、対象者にはヤル気の箸は携えつつ、煮え切らない闇鍋を待つような心境です。

このもやもや感を一気に払拭する手が私立大学の付属校への進学というわけです。見通しのきかな

い大学入試制度を回避し、より安全に4年生大学への進学の道を確保できるということです。ただし、2021年以降は出題傾向から対策が打ち出されるようになり、さらに2025年には次期学習指導要項に添った試験が実施されますので、次第に志望理由から除外されていくでしょう。

さらに私立高校への進学の流れに拍車をかけているものとして「書類選考型入試」があります。これは、神奈川県独自の入試方式で公立中学校と私立高校の入試相談で基準を満たしていれば、学科試験や面接もなく合格となる試験です。推薦入試をしていない法政大学第二高校や法政大学国際高校も取り入れている方式で、2009年度の実施から年々対応校も増えており、2015年度には最高(大規模私立高校である桐蔭高校がこの方式を取り入れたため)の応募者数となっています。この方式を取り入れている学校は、書類選考型入試枠を設けるために一般入試の募集枠は減っています。

一般入試を一般道に例えるなら、この方式はまさに高速道です。基準を満たしている人、オープン入試を受けるつもりの人ならば、ぜひ併用するべきだと勧めたいものです。

今後の神奈川県の入試は?

では、神奈川県における受験状況はどう変化するのか?県全体としては、やや緩い形で東京都と同じ傾向を辿ると見込まれます。なぜなら、昨年度のデータが、公立高校志望者の減少率と私立高校志望者の増加率が似たような傾向を示しているからです。また心理的側面を切り口とすれば、基本的には受験者とその保護者は特別な進学条件がないかぎり、制度に沿った範囲で最善策を模索します。それは、選択肢の中で最も安全で歩みやすい道を選ぶことと同じです。大学進学まで鑑みて高校を選ぶとなれば、大半の人は東京都の事例に倣うと推し量れます。さらに絞って言及すると、秦野・伊勢原地区のトップ校である秦野高校は偏差値が61程度であり、比較として挙げた東京都で競争率の下がった偏差値63以下の範囲に入っています。つまり、東京都同様の傾向を示した場合は著しく志願者が減る危険を孕んでいるといえます。これは、秦野高校受験者層は、内申点を武器とした書類選考型入試や推薦入試を、筆記試験に強い人がオープン入試を受けたりして更なる高みを狙いやすい位置にいるからです。

しかし、地域性を踏まえると様子は変わってくると考えられます。県央以西には難関私立高校がありません。この地域には学費の壁はなくなっても、通学の壁は残っています。勿論、ちょっと通学時間をかければ、難関私立高校も進学先として選べますが、果たして容易にクリアできる問題なのでしょうか。さらに、自分の成績に見合った私立高校が複数選択できる横浜・川崎方面とは明らかに状況が異なります。意向に見合った私立高校が見当たらないともなれば、公立高校の選択は決して間違いではないでしょう。

編集後記

実は、私立高校の通信制の志望者も増えてきています。不登校者の受け皿と思われがちですが、近年ではスポーツや芸事の時間を確保や大学進学を前提にした予備校のような位置づけとして前向きな捉え方をする人が増えているためです。どこの高校や大学を出たかというシグナリング効果の理論を歯牙にもかけず、黙々と効率性を望むという社会風潮が反映しているようです。

これまで制度が及ぼす傾向について触れてきましたが、前述した通信制の志望者増加から窺えるように、これまでになかった考え方でもって真剣に将来を見据えた進路を選ぶ人が増えてくるでしょう。

だから、あくまで志願校を決めるための情報と受け止めてください。

本来、高偏差値の人は情報を参考にはしてもそれだけで進路を選ぶ人は少ないものです。「敵は我にあり」とは野村克也の書で有名ですが、一流とは自分自身の内面にある弱さと闘い、成長に壁を作りません。他者の動きに惑わされず、自ら学力を磨きあげることこそ優位な進学のフリーパスとなるのです。

※このレポートは学指会通信169号から引用しています。