わが子が救急車で運ばれました

こんにちはマツダです。

今回のブログは子育てブログです。

改めて「わが子を思う気持ち」を感じたことを綴っていければと思います。

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救急車を呼ぶ

7月5日(月)の早朝、わが子(息子・第二子)から救急車を呼んだと連絡が来ました。「やはりダメだったか」と思いました。

息子は今大学2年生で八王子に一人暮らしをしています。自宅からも通える距離の学校ですが、高校2年生の時にパニック障害と診断されました。そのため電車に乗るとその症状が出るということで、アパートで一人暮らしをしています。パニック障害の症状は個人差がありますが、不安に感じると息苦しさを感じるようで、今まではスピードが速いことがダメでした。

兆候はその前の週の水曜日から表れており、授業後の深夜に彼のアパートに行き2時間ぐらい雑談したり、ドライブをしたりして気を紛らわそうとしました。翌日は妻がアパートに行き、食事の支度や身の回りの世話をしに出掛けました。また前日の日曜日にも連絡が入ったので、塾のイベント終了後アパートに出かけました。ドライブに出かけた際、少し大きな道に出てすぐ症状が出てしまいました。「追い詰められているな」と感じたものの、その後落ち着いてきたので帰宅しました。運ばれたのは別れて3時間後の出来事でした。

パニック障害による過呼吸のため、命に係わるわけではありません。それは以前から精神科の先生に言われていました。しかし、親としては心配で仕方ありません。朝5時半くらいだったでしょうか、慌てて支度をして夫婦で病院に向かいました。

不安の正体

実はわが子が救急車で運ばれたのはこれが初めてではありません。娘(第一子)も2006年6月に交通事故にあい運ばれました。当時渋沢教室でテスト対策をしていましたが、その連絡を聞き急いでその現場に向かったことがあります。その時は命の危険も想像できたので、頭が真っ白になりかなり慌てていました。

息子が運ばれた病院到着後は、特に措置があるわけがないので、そのままアパートに連れて帰り静養させることになりました。

今回、彼を襲った不安は大学のテストです。対面授業になって初めてのテストで内容も難しい、「うまくいかなかったらどうしよう」「留年したらどうしよう」と負の連鎖が始まったようです。友人たちと朝から晩までずっと勉強していたそうです。楽観的な私からは想像ができないくらいの真面目さに驚きです。

塾の仕事だから子育てができました

塾の仕事をしていて一番良かったのは、わが子の子育てか関わることができた事です。夜の授乳や学校の参観、保護者面談など、夜の仕事だからこそ昼間の学校イベントに参加でき、成長を見ることができました。大きくなるにつれ関わることがありませんでした(特に昨年はコロナ禍でイベントが中止になってしまいました)。少し手が離れた頃のこの騒動で気持ちを再確認できました。

生まれたばかりの時、健康に育てと強く願いました。成長と共に様々な欲を親が持ち、それゆえ微妙な距離感になったこともあります。しかし健康あっての人生のはずです。そのことを改めて感じました。

 

※塾からの帰宅後に娘からのプレゼントに感動です

 

 

 

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